株式会社ミナミ(千葉県)が創立50周年

会社の財産「社員」とともに、次世代につなぐ新たな50年へ
 千葉県の有力スクラップディーラー、ミナミ(本社=千葉県柏市、南光司社長)が3月19日に創立50周年を迎えた。現在は1600d油圧シャーやプレス機などを保有し、 鉄スクラップをはじめアルミニウムや銅などの非鉄原料の加工処理販売を展開。年間約6万2000dのスクラップを取り扱っている。
 

本社工場外観
 
南光盛氏が創立整備を重ね成長
1,600d油圧シャー
 ミナミの創立は昭和39年3月。 前社長で創業者の南光盛氏が千葉県柏市内にて個人商店 「南光盛商店」 を立ち上げたことが始まりだった。 光盛氏が亡くなったいま、 鉄スクラップ事業に着目したきっかけを知ることはできないが、 光盛氏の長男である南光司社長は 「大変な時代の中で、 とにかく食べていくために始めたことが事業のルーツにあるのではないか」 と語る。
 光盛氏と妻・冨美子さんがリアカー一台で始めた事業は確実に成長を続けた。 工場にはガス切断や小型のシャーリング、 プレス機などを導入。 鉄スクラップのほか、 古紙やウエスを処理した。
 昭和50年代に入ると、 主要設備は油圧シャーや天井クレーンに変わり、 同社の加工処理技術は飛躍的に向上。 取扱量増加を目指し、 営業面にも力を入れるようになった。
 昭和59年には柏市内に 「名戸ヶ谷営業所」 を開設。 翌年 『有限会社南光盛商店』 に組織を改めた。
 加工設備の整備とともに営業活動を積極的に行った結果、 名戸ヶ谷営業所開設から数年で全社で月間1500〜2000dを取り扱うまでに成長した。 南社長は 「(名戸ヶ谷) 営業所を開設してからはとにかく営業。 同時にお客さんに来てもらうために設備やサービス面に優れた 『行きやすいヤード』 づくりに努めた」 と当時を振り返る。
 取扱量の増加にともない平成元年に現在地への移設を決定。 本社工場を売却した後、 名戸ヶ谷営業所を移転し平成2年に工場を一本化。 平成5年には南・現社長の就任とともに 『株式会社ミナミ』 に組織変更した。
 平成7年には最大取扱量が月間9000dに達したため、 関東で最大級となる1600d油圧シャーを導入。 近年は缶を中心とした非鉄選別事業も手掛けている。
積み重なった縁が今のミナミを形成
本社事務所
 創立以来50年の間に、 ミナミにはいくつかの転機があった。
 南社長は 「もともと会社を継ぐ意思など全くなかった」 というが、 ある日偶然、 先代の働く後ろ姿を見た瞬間、 「これではいけない」 と意識が変化。 この出来事が今の社長の原点となった。
 昭和50年代の営業の強化も、 他社の取扱量を目の当たりにした光盛氏の 「何故うちとはこうも違うのか」 という一言がきっかけだった。 営業の強化は名戸ヶ谷営業所の事業展開にも生かされ、 会社の成長に大きく影響している。
 平成元年には他事業への転身も考えた。 当時はバブル全盛期。 「正直、 華やかな事業への憧れもあった」 (南社長) という。 しかし、 1週間の差で他社に決まったことで契約締結には至らなかった。 その後も本社移転や大型シャーの導入など、 局面ごとに決断があった。  こうした一つひとつの決断や縁の積み重ねにより、 今のミナミがある。 
社員が決めた創立記念日
 関東有数の大型油圧シャーを構え、 今や年間6万d以上を取り扱うミナミだが、 最大の財産は 「一人ひとりの社員」 だと南社長はいう。
 現場の社員はいわばオールラウンダー。 個々が各業務に精通しており、 全体の流れを把握できる社員によって日々効率的な加工処理が行われている。 その能力は南社長にして 「現場ではかなわない」 と舌を巻くほどだ。 また、 社員の自主性も同社の大きな強みだ。 月1回の社内会議では自発的な発言が行き交う。
 会社の創立記念日を3月19日としたのも社員の意見によるものだった。 かつては3月吉日としていたが、 具体的な日付を決定する際、 会社を設立した光盛氏と冨美子さんの命日が同じ19日であったことから 「19日を記念日に」 と社員のひとりが提案したことがきっかけだった。 社長をはじめ全員が賛同。 会社には社員の意見をしっかりと受け入れる土壌もある。
  「これからの50年は次の世代へつなげる50年」。 社員から出た言葉が今後の事業方針となった。
鉄鋼業界が変化「時代見極めた対応を継続」
  南光司社長、100周年に向けて
南光司社長
(執務室には光盛氏の写真が掲げられている
 2012年末に第二次安倍政権が誕生して以降、 政府は積極的な景気対策を推し進めた。 2020年の東京五輪開催も決まり国内の建築需要は回復傾向が続いている。 しかし鉄スクラップ発生が伸び悩む中、 市中では激しい集荷競争が続く。大型油圧シャーやシュレッダーの導入といった積極的な設備投資が、市中ディーラーの収益を圧迫しているのが現状だ。
 南光司社長は現状に警鐘を鳴らし 「鉄リサイクル業界だけではなく、 国内の鉄鋼業界全体が変化する必要がある」 という。 日本では今後も人口減が予測され、 鉄鋼需要そのものが飽和状態になっていく。 実際、 2014年に入り電炉メーカーの操業停止が相次いだ。 今後、 国内の鋼材マーケットの縮小傾向が続けば、 鉄スクラップの販路も縮小へと向かう。
  「鉄スクラップ事業は今後数年が正念場。 輸出をはじめとした物流形態の変化など、 10年以内には大きな変化が起こるはずだ」 と南社長。 創立100周年を目指す過程で 「当社にも買収や設備投資、 事業所移転など様々な転機が必ず訪れる」 とし 「これからの経営も時代の流れを見極め、 身の丈に合った対応を続けていく必要がある」 と展望を述べている。
 

 
 
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